私にとっての健康法を習得することである、まず、自分の体質、身体の仕組みを学び、自分にとって必要なこと、必要でないことを選択し、生活に生かすことである。
そこで、まず医療の実態を知ろう
現代医学は、いびつに進歩し、すごいスピードで患者の役に立っている分野と、間違った方向に進んでいる分野がある。オペ、手術の分野の進歩、発展は素晴らしい、だが生活習慣病等の栄養学の分野は悲しいかな、進んでいる方向が違う。
現代の医療従事者が、ほとんど栄養学を学んでいない現実と、1970年代アメリカで、マクガバンレポートが発表され、生活習慣病は食事が原因であり、栄養学からアプローチしなければならないと大々的に訴えたが、日本では日本医師会が絶大な権力を持ち、水際でその情報を拒否し国民に知らせなかった。
当時の医師会会長は会長職とは医師会を守ることであると断言し、当時すでに国民を病気から守る、治す事よりも医師の地位、収入向上が医師会の目的であると断言し続けていた。
この時期の対応の間違いで、医療従事者に栄養学の大切さ、予防医学の考え方が根付かず、生活習慣病に対しての取り組みが未だに間違い、生活習慣病も薬で治す、医療従事者の利益にならないものは排除する傾向が残っている。本来あるべき、本当の栄養学を知らないのである、知っていても間違っているのである。
また、患者も世話になった医療従事者はすべてのことを知っている人だと勘違いしている。外科の先生は手術のプロであるが、栄養学は素人である場合も多い。その先生に、健康食品のことを相談し、やめなさいと云われるとすぐやめる。その先生は栄養学をほとんど知らなくても、自分が知らないことは云わず、適当なことを云い一つの結論を述べる。そのことが患者側からすると、手術のプロだから、栄養学も良く知ったプロであると勘違いしているだけである。医療従事者は、それぞれの分野のプロではあるが、医療関係全体のプロではない。
薬剤師も薬のプロではあるが、栄養学は全く知らない人は多い。
この実態の中で、うまく医療機関にかからなければならないのである。
私を知ろう
患者側も生活環境、年齢等それぞれ違っているのに、一つの基準に従った数字で対処することに何の矛盾も感じない。
例えば、同じ物を食べても太る人もいれば太らない人もいる。このことは三つの条件によって考えれば、おおよその事は理解できる。
一つに消化酵素の働き、腸内細菌叢等による体質の違い,二つ目は生活環境の違いで肉体を多く使うか使わないか。つまり食料から摂るカロリーの取り込む力と消費する量の関係でそれぞれが摂る量を決めなければならない。三つ目はストレスによる消化器系等への影響である、ストレス時には、消化吸収の機能が低下していることもあれば、過食症のように限度の調節が不能になっていることもある。
つまり、一人一人の環境が違い、それぞれの結果を生じる。その対応は自分を知って、自分に合った対応をしなければならない。
次のことをどう考えますか?
人類はロボットではなく、生命体である、みんなが同じでない現実の中で、数字は一つの目安にとどめ、生活の中で生じる現象に五感を傾け、ほどほどに対処することが望ましい。
一例として、「朝食はきちんと食べ、三食きちんと食べましょう」なんて、国が推奨している、本当なのだろうか?誰に向かって云っているのだろうか?大いに疑問である。まだ、幼い小学生、成長盛りの年代は、朝食を食べて元気いっぱい学校に通うことは良い事であろう。
だが、40歳も過ぎ、年齢的に下降線をたどる年代では、朝食は食べないほうが元気であると考える。なぜなら、人間はロボットではなく、生命体である、生命体の特徴として、午前中は排泄の時間であり、身体の余計な汚れを排泄する時間帯である、この時間に食事をして吸収することは排泄の邪魔をする。
ある年齢からは、遅めのブランチ、軽い昼食、ゆっくり夕食が望ましく、夕食後ブランチまで如何に長い時間、消化器系を休ませるかが、元気で長生きの基本である。
